岡本太郎展に行ってきた!

2006.01.23 | Posted by ワルミネール公 | カテゴリ イベント | コメントする 

岡本太郎展
岡本太郎の家を青山まで見に行った翌日、岡本太郎が亡くなったという新聞記事を見て仰天したと言うことは以前無職日記(無職78日目)にも書きましたが、その岡本太郎展に行ってまいりました。
岡本太郎と言えば、バラエティ番組で訳の分からないことを言って、お笑い芸人のオモチャにされていたヘンなオジサンという印象があったのです。しかし、それはとんでもない誤解であったと気がついたのは岡本太郎が亡くなってからでした。
まず驚いたのが、「今日の芸術」という本を読んだときでした。この本を買ったのは渋谷の東急Bunkamuraであったとおもいます。何の展覧会を見に行ったときだったかは覚えてませんが、電車の中で読むのになにか適当な文庫本でもないものかと思って買った一冊でした。そして今日の芸術は、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない、という有名な文章を目の当たりにして驚きました。世の中にはいろんな作品がありますが、人の心を動かすのは決して奇麗なもの、巧いもの、心地よいものばかりではなくもっと、こう、見た途端に「なんだこれは?!」と感じさせるようなものであると漠然と思っていた私に具体的な言葉を与えてくれたのです。さらにこの本が凄いのは、芸術のことについて書かれているのに、何か、こう、読むと不思議と力が湧いてくるところがあるのです。
またある日のこと、マスターロムにバグが発見されたため、休日出勤して修正版のEPロムを社内で焼き、佐川急便へその交換用の焼きたてのロムを持ち込んで下請けに送ったその帰り、多摩川沿いをトボトボと歩いていると、目の前に「ひょろ~ん」とした奇妙な物体が現れたのです。
やっと納期調整を終えた矢先のバグ発見、スケジュールを間に合わせるための休日出勤になんとも空しい気分になって歩いていた私の目の前に現れたのは岡本太郎の「誇り」でありました。これがまたなんともイイ形!その日、いつの間にか仕事のことなどすっかり忘れて見入ってしまったのでありました。仕事のことなんかを考えてトボトボ歩くことのなんと馬鹿馬鹿しいことか。
しかしその凄さを真に実感したのは、日記に書いたように私が職を失い、なんとなく訪れた川崎市の岡本太郎美術館でその沢山の作品を見たときでした。
今回の岡本太郎展でその当時の私が見たものと再会することになったのです。そして私は岡本作品と再会する同時に、当時の私と再会するのであります。
椅子
上の赤いのは椅子。会場では実際に腰掛けることができる。なんとも家に欲しくなる一品です。下のは美女と野獣?ネコ?がカワイイ。
岡本太郎の幾つかの作品の中には同じテーマを持つものがあるといいます。この美女と野獣タイプの作品も幾つかあるようで、これは作者がそのテーマに納得できる作品を描ききれていない為、或いは作者が時代によってそのテーマについての考えが変わってきているということなのでしょうか。
ところで、片岡鶴太郎も絵を描きますが、ヘタウマ風に描くためにわざと左手で描くなどという話を聞きましたが本当でしょうか?「うまくあってはならない」っていうのを守ってるのかな?しかし、もし本当ならなんと小賢しい作為であることか!
かつてTV番組で岡本太郎と仕事をしたというのに、あの岡本太郎の全身芸術家とも言うべき激しさからは何も感じなかったのでありましょうか!
リバーシブル?
両面に顔があるこの作品はそれぞれの面が陰と陽って感じですが、なんともナデナデしたくなるような可愛らしさがありますな。これまた家にもって帰りたい、そして飽きることなく眺めたりナデナデしたりしてみたい!!
壁にかけてあった太郎の語録。岡本太郎は私がかつてテレビで見ていた奇妙なオジサンなどというイメージからはとても想像できないほどの偉大な芸術家!
太郎の名言集
雪舟をくだらないと切って捨て、法隆寺は焼けてケッコウと発言。日本の芸術界に挑戦的な態度で挑み続けたと言います。そしてまた一方で縄文式土器や沖縄等を紹介、大阪万博ではあの巨大なモニュメント「太陽の塔」を製作。そして自らの挑発的な芸術論を数多くの著作に残しました。
これほどまでに日本人に芸術について考えさせた芸術家は岡本太郎をおいて他におりません!
こればかりはどんなにメディアにオモチャにされその名誉が貶められたと言っても間違いないのです。いや、今になって考えてみると、あの、テレビでオモチャにされた姿も、「芸術は爆発だ」という言葉もその真意は伝わらずとも多くの人々の記憶に残ったことは確かなのです。そして私たちは岡本太郎の言葉をどこかに刻んだまま長い人生を旅し、いろんな作品に接し、ようやく幾つかの本物に出会う。
そして幸運にも本物との出会いを理解できたそのとき、ようやく自分が岡本太郎に追いついたことにハタと気がつくのです。
「そうか、太郎が言っていた事は、こういうことだったのか!!」と。



九州国立博物館へ行ってきた!

2006.01.08 | Posted by ワルミネール公 | カテゴリ ローカル, 日記 | コメントする 

九州は福岡県太宰府にできた国立博物館「九州国立博物館」
(略して九博)へ行ってきた!
九博は東京、京都、奈良に続いてできた国立博物館、オフィシャルホームページには、

「日本文化の形成を、アジア史的観点から捉える」という、独自のコンセプトに基づき、展示を行うのみならず、文化財を守り、調査する博物館科学の現場としての、重要な役割を担います。

と、記されており、その独自のコンセプトに大注目だ!!
特に、古くから海外交流の最前線であった太宰府にできたってのが、もう、そのコンセプトをビリビリと感じさせるではないか!(アクセスが不便と感じなくもないが)
太宰府天満宮に詣でる人々に混じって、太宰府周辺の民間が経営するパーキングに駐車。当初、直接九博へ向かい、九博の駐車場に車を止めようとしたが、警備員に「一杯だから」と言われ、仕方なく太宰府天満宮周辺の駐車場を使うことにした。天満宮、九博間にはトンネルがあり、そこにはエスカレーターと動く歩道が設置されて楽に移動できる。
そして、トンネルを抜けると太宰府の緑に囲まれてギラギラと太陽の光を反射する波型の巨大なオモシロ建築が目に飛び込んでくる。
九博
なぜ波型なのか、そして、顔みたいなのもついている。アジアとの交流に重心を置く九博、それゆえに海とか鳥とかイメージしたのであろうか?ガラスが反射して周囲の木々を映し出す、四角いコンクリートの建物よりは波型の建物のほうが周囲の自然に溶け込むのかもしれない。
九博の顔
中に入るとスゲー広々。波型の建築は四角い建物を覆っているという感じ。
九博の展示
九博で開催された展示。
開館第一弾は「美の国日本」。国宝級のお宝の数々が九州に上陸!九博のコンセプトはアジア史的な観点ではあるが、九州に国立博物館ができたおかげで、この企画のように中央でしか見ることができなかったわが国の国宝級のお宝を見ることのできるチャンスが増えた。実に喜ばしい。
今回の「中国美の十字路」は九博らしい企画と言えるだろう。本邦の文化がアジア各地と互いに影響しあってきた歴史、とりわけ中国大陸からの文化に大きな影響を受けた。その中国からこれまた国宝級のお宝が続々と上陸。これはタマラン!!
常設展のコーナーも魅力的だ。海外交流に軸をおき、その歴史を展示品とともに追っていくことができる。古代の日本をテーマにすれば、魏志倭人伝の記述、三角縁神獣鏡、金印、とかね。
展示の方法
九博のおかげで沢山のお宝を目にすることができるようになったわけだが、不満がある。まず、展示のしかたというか、ライティングだ。館内は薄暗く、展示品にカリッとしたスポットライトをあててコントラストを強調するという見せ方だ。最近の流行だろうか。岡本太郎が縄文式土器を世に知らしめたときの画を思い出す。見た目とってもカッコイイ。展示品がスゴク神秘的に見えるから。だが、それで良いのかとも思う。主催者側の「ココを見せたい!」という意思が強く反映する代わりに他の部分は影になりとても見づらくなる。せっかくだからいろんな視点で、いろんな部分をじっくりと観察したいと思ってもそれができないもどかしさ。インパクトはあるが、展示物そのものをじっくり鑑賞するには不向きだと思う。
また、展示品の多くが東京、京都、奈良の国立博物館やそのほかのミュージアム、あるいは個人からの借り物やレプリカであることも残念だ。「あのとき見た天目茶碗は良かった、もう一度見たいなあ」とか思っても、再び見ることは難しいってことになる。できたばかりの博物館、やはり収蔵品が少ないのだろうか。
それと、開館したばかりの珍しさのせいか、多くの人が訪れてとても混雑している。これまたじっくりと鑑賞できない。洛中洛外図屏風など、沢山の人々が描かれており、それぞれが当時の生活を感じさせる行動をしているので非常に興味深く、見所が沢山ある。それなのに観覧の行列にあわせて移動しないといけないので絵の前で立ち止まってじっくりと見ることができない。屏風の解説には、立ち止まってじっくりと観察してみてね、みたいなことが書いてあったがそんな学芸員の思いとは裏腹に会場の警備員は「非常に混雑しているので、立ち止まらずにお進みください」などと無神経なことを拡声器を通じて言う。
お土産
美術館や博物館のお楽しみの一つがミュージアムショップだ。企画展示作品の絵葉書、そのミュージアム自慢の一品を使ったグッズはやはり元がお宝なだけにココロ奪われるものが少なくない。
そんなわけで九博のミュージアムショップにも行ってみたが・・・・。太宰府なので、菅公の合格セット、そして、奇妙なヌイグルミは戦国時代の医学書「針聞書」にて病気の原因とされていた蟲達をモチーフにしたと言う。
九博に不満がないわけではないが、これができたことはとても喜ばしい。国宝級のお宝を見ることができるし、また上野ではお目にかかれないような企画展示も開催されるかもしれない。
そして、文化財に指定されたばっかりに、中央に奪われてしまった、本来九州にあるべきお宝もこれを機に九州へ里帰りすることも可能だろう。
今後の九博には大いに期待したい!!