長崎くんち(4)〜庭見せ 小川町・大黒町〜

庭見せと聞くと喜楽園のチャンポンをすぐに思い出してしまう。
庭見せには、小学生の頃よく家族で見物に出かけていた。
全ての踊り町を見て回ることはなかったが、夕方に家を出て幾つかの町をぶらぶらと歩いて見て回っていた。暗くなり始めた街の店先に飾られた傘鉾や蛇踊りの蛇は、ライトアップされて見物に来た人達に囲まれながらも妖しくキラキラと光を反射させていた。その妖しい光に魅せられ、くんち本番を想像してワクワクしたもんだ。
そうやって歩いて回り、お腹が空いてきた頃に新地の喜楽園という店でチャンポンを食べていた。当時から喜楽園は30分程度は平気で客を待たせる小汚い店だったが、もうこの店の味とその雰囲気に慣れてしまっていたので、当時はどんなに待たされてもぜんぜん気にならなかったもんだ。
だから、庭見せと聞くと喜楽園のチャンポンをすぐに思い出してしまう。
■小川町の庭見せ
長崎くんち370年の歴史の中で、幾つかの町が、奉納踊りが、傘鉾が現れては消えていった。経済的、人的理由でくんちに参加できずに辞退する町もある。勝山町の大薩摩踊りとかは昔は結構人気があったようだが現在は見ることが出来ない。
戦争もくんちに影響を与える。江戸町が「軍隊(陸軍)」、本古川町が「軍艦(海軍)」を奉納したと言うがこの二つは現在は他の奉納踊に変わっている。また、かつて「唐子踊」を奉納していた西浜町が、戦争の影響でその奉納が出来なくなった。当時、このくんち奉納の応援に来ていた中尾地区の人々が受け継ぎ、7年前に小川町から「唐子獅子踊」として復活した。「唐子獅子踊」をくんちに復活させた小川町も戦争の影響(疎開や原爆の被害による世帯数の減少等)でくんちに出場できなくなっていたが、7年前、実に63年ぶりに踊り町として復活したという。
小川町の傘鉾


7年前の前回の出場で63年ぶりに小川町はくんちに踊り町として復活したが、7年前はまだ傘鉾を奉納することができなかった。そして今回70年ぶりにようやく、念願かなって町のシンボル傘鉾を復活させることが出来た。もとの小川町の傘鉾は、原爆によって消失したが、その当時の傘鉾の写真が残っていたので、それをもとに作り直されたという。
小川町の由来は町を流れる小さな岩原川。立山から流れ出すこの川は、かつてはとても綺麗だったので、この川沿いで醤油などの醸造が行われていたという。その川に因んで、だしには二羽の白鷺、水門、魚を捕る網、葦、菖蒲。だしを囲む輪は蛇篭。このだしも見事だが、7年の歳月を費やして完成した長崎刺繍によって飾られた「たれ」は今年のくんちの中でも特に注目度が高い。
小川町の庭見せ
小川町の奉納「唐子獅子踊」の衣装。獅子踊とはつまり獅子舞。そして「唐子」とは言うが、この奉納踊のルーツは中国というよりももっと南のベトナムの方だという。ベトナム伝来と言われる緑色の獅子の面も日本の物より平らで表情がとてもユーモラス。日本の伝統的な獅子舞沖縄のエイサーで見た獅子舞とも、中国の獅子舞とも違った趣がある。
■大黒町の庭見せ
大黒町は長崎駅の辺りにある。江戸時代に町割りが変更され、恵美酒町から分割されて新しくできた町だった。「エビスと来たら大黒だろう」ということで大黒町の名が付いたという。
大黒町の傘鉾
大黒町の傘鉾もかなり味わい深い。町の名前である「大黒天」を表すのに、その持ち物である打ち出の小槌、使いの白ネズミを二匹配している。「大黒様のお姿を直接載せるのは恐れ多い」ということで、大黒天縁のものを置くことで大黒天を暗示する。これを「陰大黒」と言うそうな。確かにだしに大黒天が鎮座しているよりは、大きな打ち出の小槌に可愛らしい白ネズミが二匹というデザインの方が粋というか、センスが良いというか。たれは傘鉾の後ろに掛かっている魚の群と唐船の二種類。昔大黒町には唐船が停泊していたし、入り江には漁船がびっしりと出入りしていたという町の歴史に因むデザイン。
あ、それと黒いビロードの輪に書かれた「大黒町」は元中国領事の筆。
大黒町にはかつて唐船が停泊していたので、奉納踊りは唐船の長崎入港がテーマ。唐風の衣装が飾られていた。
大黒町の庭見せ
大黒町は本踊りに「ながさき風情」と「雅 唐人舞」そして曳き物に「唐人船」を奉納する。
大黒町の本踊りはかつては長崎の芸者「長崎検番」が踊っていたが、「かとうフィーリングアートバレエ」が担当するようになった。長崎検番の踊りは素晴らしく、特に「ぶらぶら節」は格別素晴らしい。が、そこをあえて変えた大黒町の挑戦はくんちの大きな話題の一つとなった。また「雅 唐人舞」では台湾から招いたダンサーが舞を披露するという。
大黒町の唐人船
すっかり陽も落ちてライトアップされた大黒町の曳き物「唐人船」。船体、帆、ランタン、旗、それぞれが本格的な意匠で作り上げられている。大黒町は明治15年から唐人船を奉納している。樺島町のコッコデショほど古くはないが、それでも長崎が唯一の海外の窓口という特権的な地位を失い、更にこの不況という厳しい現代にあって金のかかる豪勢な衣装や曳き物、何ヶ月も必要な練習、それらを万端整えて傘鉾、本踊、唐人船を新しい試みも交えながら長年披露し続けているのだから大黒町の意気込みはスゴイ!
【参考リンク】
菊水堂のカステラ・・・・・長崎市大黒町のカステラ屋のHP。大黒町・唐人船のコンテンツあり。

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