本日八月九日は長崎市に原子爆弾が落ちた日。1945年8月9日午前11時2分、長崎市松山町の上空500mで原子爆弾が炸裂、死者約7万4千人、負傷者約7万5千人、全焼家屋約1万2900戸というとてつもない被害を受けた。
その原子爆弾の犠牲者の慰霊と平和を祈る式典が、長崎市では毎年催される。
会場は長崎市の原子爆弾が落ちた爆心地の近くにある平和公園。
会場に着くと柵とセキュリティゲートが設けてあった。そして長崎市の職員や警察官が入り口を警備していた。会場に入ろうとすると市の職員らしき男性に止められた。「式典会場は満席なので、危険防止のために入れません。」等と言う。
なるほど、確かに満席ではあるが、立って式典に参列するだけのスペースは充分あった。と、いうか立って居る人も式典会場内に居た、が、それでも式典会場内に入れてくれない。
満席というのは変な話だ。被爆者の遺族には式典の招待状が届くのだ。招待しといて席がないなんておかしな話は無かろう。まあ、7万人以上も亡くなってるので、全ての遺族の席を用意するのは不可能だとは思うが。それにしても閉め出しはどうにも戴けない。他の方法は無いのか。
被爆者遺族の年寄りが来て、式典会場内に入れてくれと懇願していたが「危険防止のために入れません、式が終わったら自由に入れます」と言うばかりでけっして一人も中に入れようとしなかった。
会場は屋外なので、柵の外からでも式典の様子は窺えるし、市長や首相のお話も聞けるが、会場内で式典に参列することと、会場の外から式典を眺めるのでは、距離にすれば数十メートルの差でしかなくても、式典に参加しようとする人にとっては意味するところが大きく違うのではないか。
また、海外メディアの記者と思しき数名が会場内に入れて貰えず立ち往生していた。彼らはゲートの職員に身分証を見せようとしたが「聞いてない」とか言われて退けられていた。そしてそんなやりとりの脇をNHKの連中が余裕で何度も出入りしていた。プレスは事前に許可が必要なのかな?それでも原子爆弾のことを海外に伝えるチャンスなのに、それを閉ざすというのもどうかと思った。
満席だから危険防止で入場できないというが、これも意味が分からない。何が危険なのか、なぜ閉めだすのか。炎天下立ちっぱなしで参列するのが危険なのかな?そんなの会場の外でも同じ。「満席だから帰る」なんて人はそう居ないだろう、皆炎天下の中、会場の外で式典を見るだろうから。いや、会場の外にはテントが無いからむしろ閉め出された方が危険かもな。混雑するからだろうか?でも、それは混雑しないように場内を整理すればいいだけ。別にゲートと柵で締め出さなくても出来ることではないか?
一体何処の誰が危険だったのか?
こうなってくると、この閉め出しは単に参列する要人と呼ばれるヒト達の警護のため、また式典のプログラムを滞りなく進めるために人の出入りを止めたのではないかと思えてくる。なるべく数多くの人に式典に参加して貰い、犠牲者の慰霊と世界の平和を祈ることよりも、式典が万事問題なく終わることを主催者は望んだのかと。
原子爆弾で一瞬にして大切な身内を失い、何十年経っても消えない被爆者や遺族の無念。犠牲者の鎮魂と平和を祈るために、この炎天下平和公園まで訪れた年寄りが、席が無いのを理由に年に一度の式典の会場にも入れて貰えない。
式典を閉め出された遺族達の気持ちが想像できるだろうか?なんとも切ない話ではないか!
一体誰のための式典なのか。だいたい年寄りの一人や二人式典会場に後から入ったからって何が危険だって言うんだい。
見損なったぞ長崎市。
式典が始まった。
式辞、献花と式は順調に進んだ。
そして午前11時2分、原子爆弾が炸裂した時刻、市内の彼方此方で鎮魂の鐘が鳴り長崎市民は式典会場の中でも外でも、一斉に黙祷を捧げた。
コメント
私は広島在住なので、原爆の恐ろしさや、
当時の被爆地の悲惨な状況等は幼い頃からよく聞かされてす。
長崎も広島も同様核廃絶並びに平和を願う心は一緒だと思います。
最近は時代の流れなのか広島長崎以外は
マスコミの扱いが小さすぎますね。
首相も一応顔を出してるだけな感は否めません。