軍艦島と呼ばれる島(1)

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長崎県野母崎半島の沖に浮かぶ端島。長崎港から南西18.5km、長崎県西彼杵郡高島町に属する周囲およそ1200m、160m*480mの小さな島。
その島影が、大正時代にワシントン条約のために標的艦として処分された戦艦「土佐」に似ていたため「軍艦島」と呼ばれるようになり、この俗称で有名。(この戦艦「土佐」も長崎にはかかわりが深い。三菱造船所で建造されたし、なかにし礼が書いた長崎の伝説の芸者愛八さんと伝説の長崎学者古賀十二郎先生が主役の小説「長崎ぶらぶら節」にも関連するエピソードがある。)
写真は野母崎の浜辺から端島を撮影したもの。丁度夕方で逆光だったために、確かに軍艦のように見える。
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端島を眺めながら野母崎半島の先端に車を走らせていると、野母崎町の物産センターの様なところ出くわした。野母崎町のホームページには現在何のアナウンスもされていないようだが、「軍艦島資料館」なるものがあり、端島の写真や歴史史料が展示したあった。
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「軍艦島資料館」の近くに野母崎海の健康村という施設がある。この施設内に「陽の岬温泉」という温泉があり、ここでは温泉に浸かりながら「軍艦島」を眺めることが出来る。「オーシャンビュー」で「軍艦島ビュー」なのだ!
また、野母崎獲れたての海の幸も堪能できる。
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夫婦岩から端島をのぞむ。離れて見るとますます「軍艦」に見える。実際、米軍の潜水艦が端島を軍艦と勘違いして、この島に魚雷を発射したという逸話もあるそうだ。(ただし、その時桟橋に積み出し船がついていたそうなので、その船が狙われただけなのかもしれない。)


長崎周辺の島々には古くから多くの炭坑が存在していた。
端島はそういった石炭の島の一つだった。
伝えるところによれば、宝永7年(1710)、肥前国松島において、漁師五平太なる人物が、焚き火をしようとしたところ、燃える石を発見したという。これが長崎の石炭発見伝説。(伝説の舞台は香焼だったり高島だったり、また、五平太も役人だったりと異説が幾つかあるようだ。)
そして、高島辺りで採れた石炭が四国辺りの製塩用の燃料として採掘販売されはじめたという。
高島をはじめとする長崎周辺の島々はかつて佐賀藩鍋島氏が治めており、幕末から明治にかけて、葉隠武士とはイメージを異にする開明的な鍋島の殿様やその親戚の深掘の領主らが高島や端島など、この辺りの島々の炭坑を本格的に開発しはじめた。
燃料としても原料としても近代工業において最も重要な資源の一つ、それが石炭!
が、端島の炭坑経営は他の島のようになかなかうまくは行かなかったらしい。グラバー邸や大浦天主堂などの建設を請け負った天草の小山秀が、その技術を駆使して端島に堤防を築き埋め立てをして経営に挑戦するが事故で失敗、大損害を被った。
その後端島は明治23年に三菱の手に渡り、大規模な護岸埋め立て工事がなされ、経営も軌道に乗り、島民の増加に応えて大正5年に狭い土地を有効利用するため、日本初の高層鉄筋コンクリートアパートが建設された。島を取り囲む堤防、そびえる鉄筋コンクリートのアパート。その角張った島影から端島はついに「軍艦島」と呼ばれるようになった。
高島や端島で採掘された石炭は欧米東洋航路の蒸気船の燃料、国内製鉄業のコークスの原料等に使用され、同じ九州の筑豊としのぎを削り途中戦争をはさみながらも重要な資源であり続け、成長を続けた。戦後の高度成長期、端島は最盛期を迎え、1960年代に人口は5000人を超えた。
周囲わずか1200mの島で5000人超!人口密度は当時世界一であったという。
長崎とは限られた便数の船で行き来するしかなく、天候によっては島に閉じこめられる。食料や水、生活物資の供給もままならず不便も多かったようだが、住居費、電気代などの料金はタダ同然。学校は勿論、映画館やパチンコ屋などの遊戯施設もあり。そして、この狭い土地に住む人々は、ほとんどが炭鉱関係者。住民同士は非常に仲が良く、意外にもとても住みやすい島であったらしい。
端島の産する石炭は非常に良質であったそうだが、時は流れて燃料は石炭から石油へ移行して、石炭の需要自体が減少、また、露天掘りでガンガン採れる豪州産等の安い海外炭に価格面でかなわなくなったために端島の炭坑は1974年閉山。石炭を掘るためだけに開発された島である端島の閉山により、働く場所を失った島民達は、涙をのんで住み慣れた島を離れていったという。
閉山から30年、すっかり忘れられていた端島だが、数年前から様々なメディアで廃虚、産業廃棄物、棄てられた島等とネガティブな言葉で飾られてその名を知られるようになった。
今では廃虚マニアで「軍艦島」を知らない人はいないだろう。
長崎ではこれを新たな観光資源として開発中。

コメント

  1. 惡想麺 より:

    ”軍艦島”というとどうしても”男組”を思い出してしまいすね。
    いや、古い古い。

  2. RED より:

    軍艦島は昔公共CMでよくやってましたね。
    夜中にもこのCMやってて11時51分で止まってる時計とかの映像が怖かった。

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