シーボルトの眼 出島絵師 川原慶賀

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鎖国時代江戸末期の長崎が舞台のねじめ正一作の時代小説、「シーボルトの眼 出島絵師 川原慶賀」を読んだ。オランダ商人達の居留地であった出島に出入りを許され、シーボルトお抱えの絵師になった実在の絵描き川原慶賀が主人公。
史実の上では川原慶賀は日本の自然、文化風俗を研究していたシーボルトの求めに応じて、日本の植物や街並み、お祭りの様子など、大量の絵を描いた。が、日本を出国するシーボルトの積み荷から地図等の国外持ち出し禁止の品が見つかり、すわ、国家機密の漏洩と大問題になった。(実は持ちだし禁止と言われた件の地図も半ば公然と流通していたもので、功を焦った奉行の勇み足だったとの見方もあるそうな)
慶賀も始終シーボルトにひっついて一体何をしてたんだと、こっぴどく叱られ牢にも入れられた。ところがこの慶賀、なかなか懲りない人のようで、その後も禁を破るような絵をオランダ人に描き、再びこっぴどく叱られた揚げ句長崎追放処分。その後晩年の消息は知られていないので、不遇のうちに寂しく死を迎えたと言われている。
しかし、事件の後、田口慶賀の名で描いた肖像画が、長崎の旧家に残ってるそうなので、実は追放されても密かに長崎に舞い戻り、こっそり絵を描いていたのかもしれない。そんなどこか飄々とした雰囲気を感じさせるのが、この出島絵師川原慶賀。
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川原慶賀が描いた、長崎に存在したもう一つの外国人居留地、唐人屋敷での蛇踊りの図。蛇踊りの動きはダイナミックだが、全体として淡泊な印象を受ける絵。絵の中央、土神堂というお堂の奥の方に消失点を設定した遠近法で描かれている。
流石はシーボルト先生お抱えの絵描き、洋風絵画の技法を取り入れたというわけだろうか。また、画面全体から受ける淡泊な印象は、記録することが目的の絵画で、事物の客観性を重視するが故か、または慶賀自身の本性の顕れではなかろうか。
「特に植物画において非常なる技量を持っていた」とシーボルトは慶賀のことを評している。こういう絵が描けるから、或いはそういう素養があると踏んだからこそ、シーボルトは自分の研究のパートナーに慶賀を選んだのかもしれない。
さて、物語の中の慶賀は実にイイヤツだ。別に善良だとかそういうわけではない。飄々としながら、えげつない絵で稼ごうともするし、気に入らない相手を絵で辱めたりもする。しかし基本的に画業には真剣。ときに自分の技量に慢心し、ときに才能及ばぬコンプレックスに悩む。また周囲の人間に対して実に誠実で情深く、恩に報いようとする姿がどうにも憎めない。
物語前半部分の丈吉への思いやりなど特にスバラシイ。そして後半は葛飾北斎の娘、阿栄が登場、この阿栄がまた面白く、物語に一風変わった花を添える事になる。
洋風絵画の技法を習得し、シーボルト他のオランダ人達の依頼に応じ数千点にも及ぶ絵を描くことで海外に当時の日本の自然、文化風俗を知らしめた人物であるにもかかわらず、本作では慶賀の実に町絵師らしい庶民的な感じがチラチラ見えて兎に角楽しい。偉大な功績ありと、もっと評価されても良さそうだが、物語では、そんなこととは関係なく日々を暮らす。画業に対するプライドはあっても大望無く仕事をこなし、様々な事件に遭遇しながらも、自分なりの幸せを求めて日々過ごしてゆく慶賀がとても正しく見えた。
現在は埋め立てられてしまった出島。岸壁のカーブにその面影を残す出島の脇、江戸町辺りを本作読了後車で走っていると、かつての出島が復元工事中なのが見えた。そこにある建物をチラリと見ながら
「はて、慶賀が詰めた画工の部屋、シーボルトの医務室、カピタンの建物なんかは一体どれにあたるんだろうか?」とちょっと気になった。
【参考リンク】
シーボルト記念館
史跡「出島和蘭商館跡」

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